第40話 お見舞い

長い間来店された御客が年を取って病気になり入院する。しばらく経つと出張理容の依頼がある。快く理容しに行く。銭金だけで付き合っているわけではない。

最初はお見舞いということで料金は頂かない。次回から頂く。ところがその後お亡くなりになり2度目の調髪が出来ない方が結構あった。皆さんは、出張理容は私が疲れるだろうと思って、ぎりぎりまで気をつかってみえたようである。
昔は金色夜叉の世界もあったが落語・浪曲の世界もあった。銭金だけではない世界もたしかにあった。今はどうだろうか。多分このような話は遠い昔の話になるだろう。

昔は調髪が終わり御客が帰る時、当方は「ありがとうございました」御客は「ありがとう」という自然な関係があった。、ここには銭金で決めてはいけない大事なものをお互いに共有する世界があった。

ところが、ある大物歌手の言葉「お客様は神様です」が、日本中に浸透した頃、ほんの一部の御客ではあるが突然威張りだした。「俺は御客だからお前達より偉いのだ、だからお前たちに何を言ってもいいのだ。お前達は奴隷だ。俺が調髪をやれと言ったら、閉店後だろうと開店前だろうと休日だろうと夜明け夜中だろうと喜んでやるのが当たり前だ。お前達には寝る権利・休息する権利・御客を待たせて食事をしたり便所へ行く権利はないのだ。おい、もっと尾を振れ!犬!愛想がない!媚びろ!調髪中に、俺がいくら頭・体を動かそうが上手く調髪をやれ、出来ないのはお前の腕が悪いのだ、もっと修行せよ、まだまだ修行が足らん。おい!アホども聞いているか。注文より全体に1ミリ長い、全部やり直せ、当然だろ。1ミリ短い、どうしてくれるんだ。俺の言う通りにしないと俺はお前の店には行かないぞ、それでもいいのか?店が潰れるぞ、困るぞ、それでもいいのか!エエ?!、ワッハハハハハー。」こんな御客が僅かだが出た。私が困ったのは、こういったことを無意識に要求する御客がかなりの割合で増えたことである。潜在的に増えたのである。こういった御客の意識が5割を過ぎると全体に波及するのは早い。

人は金無しには生活できない。しかし金だけで生活しているわけではない。世の中のかなりの人が理容業・理容業従事者をここまで見下すとどうなるのか?あくまで私見であるが、従来型の理容店はやがてなくなるだろう。

最近の理容店は御客の人格とのつながりは絶対につくらないように、あくまで技術上の付き合いに特化するシステムにしている。人の心も全てお金で始まりお金で決済するシステムにしている。そこには従来型の理容店にあった店と御客との繫がりは無い。寂しいと思う人もあると思うがこれも大きな時代の流れである。