子供の頃よく近所の食料品店に買い物に行かされた。或日晩ご飯のおかずに鯖を買いに行った。奥さんが「4切れに切る」と言った。主人が「何々さんは3切れに切る」と怒って言った。夫婦で「3切れだ4切れだ」と真剣に喧嘩をしていた。最後に主人の3切れが勝った。私は気分が良かった。当時魚は高価なもので近所では4枚に切る人が多かった時代である。
昼のおかずに油揚を買いに行かされた。焼いて醤油をつけて食べるのである。一人2枚である。その日はたまたま若奥さんが一人いた。丁度電話をしていた。「今日の夕食はビーフステーキ・・・」と話していた。私はその間待っていた。当時肉は高価なもので滅多に食べれなかった。ましてビーフステーキなど話には聞いたことがあるが見たことは一度もない。とにかくものすごく高い物でとても私の家では食べることは出来ないものであった。
電話が終わった。私は若奥さんに「油揚を・・・枚ください」と言った。子供心に少し惨めだった記憶がある。
私の店は人気があった。休日に外出すると何処へ行っても御客に会う。ところが私より劣ると思われる服装の御客は一様に嫌な顔をする。中には来なくなる人もある。これでは困るので兎に角御客よりもみすぼらしい服装をした。ますます人気が出た。
休みに喫茶店に行った。先日調髪した御客がコーヒーを持ってきた。その人は2度と来なくなった。遠くなら良いと思い3キロ程遠方の店へ行った。そこでも御客がコーヒーを持ってきた。この人も2度と来なくなった。困った。
喫茶店でも御客がマスターとして君臨して接客は従業員が行う店なら何度行こうが御客は来る。しかし、行くなら続けて行く。途中行かなくなると来なくなる。行くなら最後まで、行かないなら最初から一度も行かない。どちらかである。
馴染みの御客はつい悩みを言う。只聞いているだけでは御客は恥だと思い次から来店しなくなる。そんな時はこちらも同じかそれ以下のレベルの事を話す。なるべく御客に恥になることは話させないようにするのだがこれが難しい。
下町の理容店は御客の頭を刈っていない。動機を刈っている。いや刈らされているのかもしれない。
そんなこんなで全国の同業者は同じような雰囲気・顔つきになる。しかしやがてこの様な形態の理容店は町から消えるだろう、多分。