朝顔の種を二つの鉢に、秋桜の種を三つの鉢に蒔いた。一つの鉢の朝顔は大きく育った。もう一つは小さくあまり育たない。秋桜は、二つは日当たりの良い場所に、一つは日光が殆ど差し込まない場所に置いた。日当たりの良い場所の秋桜の一つは大きく育った。もう一つはそれに比べると成長は3分の1である(土が適していないのだ)。しかし、そのうち大きくなるだろう。日当たりの悪い所のコスモスは、芽は出てもそれ以上育たない。
私は思った。同じ種でも環境によってこうも違いがあるのか。昔から氏より育ちと言うが、このことかと思った。私の思考は昔はこれで止まっていた。そう、現在の自分は、この植物のように全て環境に支配されてそこから逃れないと思っていた。しかし、それは間違いだった。私は植物ではない。動物だ。人間だ。環境が悪ければ自分で変えることが出来る。自分で変えることが出来るのだ。日当たりが悪ければ、日当たりを良くすれば良い。水が足りなければ水をかければ良い。鉢が小さければ大きな鉢に変えれば良い。土が悪ければ良い土に変えれば良い。環境は全て自分の意思や努力で変えることが出来るのだ。
私は長い間、自分は運命に環境に流される存在だと思っていた。しかし、今この考え方は間違いだと気づいた。運命は創るものだ。人生の航路は自分で決め自分で進むのだ。
今まで思うような人生になれなかったのは運命だと思っていた。これは間違いだった。自分がうまくやらなかったのだ。うまくやろうとしなかったのだ。大いに反省する。