もう何年になるだろうか、店より2.5キロぐらいの所に市営地下鉄の駅が出来た。暫くして馴染みの客がかなり減った。色々考えて理由が分かった。私の店は私鉄の駅の近くに立地している。今まで来店した御客の多くはこの駅を利用して、通勤・通学の「ついで」に私の店に来店していたのだ。勿論私の店を気にいってのことだが、それもあくまで「ついで」があったからである。
そういうふうに考えると、今まで気がつかなかったことが色々と分かった。近所に住んでいて贔屓にしてくれた御客が遠くへ引っ越しても来店してくれる。私には人気があると思っていた。しかし、よくよく考えると、その人は家族を近くの病院へ連れてくる用事があるので、診療待ちの「ついで」に私の店に寄っていたのだ。病院が「主」で私の店はあくまで「ついで」の「従」なのだった。
勿論、「主」として私の店へ遠くからでも来店する御客はいる。しかし、ほんの少数である。
私はつくづくと思った。自分の仕事にどんなに値打ちを付けようと思っても、それはあくまで希望的幻影であって現実はどこまでも「ついで」の仕事なのだ。
もっとも、よくよく考えてみると、近所で何十年と仲が良かった人達が都合で引っ越した場合、それでも今までと同じように付き合いがあるかというと、多分異なる人が多いと思う。結局今までの付き合いは地縁による「ついで」の要素が大だったのだ。今頃、気がついた。
例えば、長年仕事をしてきたが、大きく考えれば御客は入浴中の人なのである。お湯加減が好ければ御客はお湯に浸かっている。お湯加減が悪ければ出る。熱すぎず冷たすぎずということか。これが少しでも出来ないと御客はより満足を求めて他店へ行く。
事業家は絶えず社会の需要を考えている。その需要を満たすために効率の良い組織をつくる。私の場合、需要に私が偶然に合っていたにすぎない。多少の努力はあったと思うが微々たるものだ。
私は技術の勉強はしたが経営の勉強はあまりしなかった。独立して店をやっている以上、経営の勉強をもっとすべきだった。そんな私でも店をやってこれたのは、ただ運が良かっただけだとしか言いようがない。