散歩の途中、あるお寺の墓地を通った。工事中であった。そこには処分の為、持ち主不明の石塔が山と打ち捨ててあった。半分は江戸時代のものかと思われる。中にはそれよりも古いものがあるかもしれない。
新しい墓石が増える。しかし墓地の面積はなかなか増やせない。管理上持ち主不明(いわゆる無縁仏)の墓石の撤去もやむを得ないのだろう。
それから3年たった。私は医者の勧めで毎日ウオーキングをしている。今日は隣町を歩いた。途中、小さな墓地があった。管理は近所の集落だと思われる。見ると、墓石の中にひときわ目立つ無縁仏を祀る石塔があった。長い間にお墓を守する人がいなくなった場合、皆で守することになっているようだ。
その後何キロか歩き、3年前行ったあるお寺の墓地にたどり着いた。すでにお墓の工事は終わっていてきれいな墓地になっていた。傍らの御堂に、3年たって管理料を納めない墓石は撤去する旨の張り紙があった。ここの墓地の全体を見たが無縁仏を祀る墓石は無い。
昭和初期、家の近くの貝塚から、35体の屈葬された縄文人が出土した。炭素化していたと聞いたが、今、その人骨は何処にあるのだろうか?日本には沢山の古墳があるが、特別に御参りをするということは聞かない。町内の人が亡くなり半年経ってその人が噂話に出ることはまれである。曾祖父の名前を知っている人はどの位いるであろうか。過去帳の戒名を見て、誰が自分とどの様な関係にあるのかが、すらすらと言える人はそんなに多くはないだろう。
踊る阿呆に見る阿呆、どうせ阿呆なら踊らにゃ損々 というが、まさに同感。皆さん、生きている中に、人の迷惑にならない範囲で好きなことを好きなだけしましょう。遠慮していたら損ですよ。