私達は御客には笑顔で接する。これは「私はあなたに敵意を持っていません。安心して下さい」「私はあなたの来店を歓迎しております」「私はあなたの来店を感謝しております」というような、色々な気持ちを伝えるためである。
しかし、私達も人間である。心には雨の日も風の日もある。しかし御客は何時も「笑顔」で接して欲しいと思っている。したがって私達は個人的にどんな苦しい時でも「笑顔」で御客に接する努力をする。
昔、こんな事があった。仕事中あることを思い出し、腹が立ってしょうがなかった。いくら我慢しようとしても体から出てしまうのである。このことを、御客には分からないように仕事をしなくてはならない。怒った顔を御客に鏡越しに見えないように調髪した。大変だった。苦しかった。
夫婦喧嘩は、当然のことであるが、仕事中はしない。御客が帰ると「喧嘩する」突然御客が来ると「中断」、また御客が帰ると「喧嘩」、仕舞いには、何が喧嘩の元か「忘れた」こともある。
「何時も笑顔で」これを「意識して毎日仕事をしていたら」「とんでもないこと」になった。それは「笑ってはいけない時でも笑顔になってしまう」ことである。
同業者の親が亡くなった。父が私に挨拶に行けというので行く事になった。笑顔はやめて神妙な顔で挨拶をしなくてはならない。少し練習をしてみたが、どうも笑顔になりそうである。そこで考えた。足の太股を強く抓るのである。痛いから笑わない。当然神妙な顔になる。よし、これでいこうと思った。実験してみた。「痛い」しかし、これの持続時間は精々2分ぐらいである。したがって挨拶の2分前に抓らなくてはならない。
色々と計算して出かけた。その家に行き、タイミングよく抓った。上手くいった。その時、同業者が「笑顔」で「泣きながら」現れた。「(笑顔で)・・・お袋が・・・(泣きながら)・・・病気で入院していて・・・(笑顔で)・・亡くなった・・(泣いて)・・(笑顔で)・・・」
私は同業者の「笑顔」を見て、それまでの緊張が途端に消え「(笑顔で)この度はご愁傷さまで・・・(笑顔で)・・・父が来るのが本当ですが・・・今、病気なので・・・(ニコニコ)・・(笑顔で)・・・わっはっは・・・」