第1話 髪が生えた

先生(私の親方)は、中年にしては髪が薄かった。特に、前頭部の毛が全く無く、しっかりと禿げ上がっていた。本人は威厳を持って職人や弟子に接していた。

先生はある日、全ての従業員を集めて、悲痛な顔で、「これからの理容業は、頭髪の刈込み、顔そり、シャンプーだけではだめだ。それに付随する化粧品、特に毛生え薬も売らなくてはならない」と訓示した。

それからまもなくして、先生は毎日なにやら頭皮に付けていた。聞くと「救髪(キュウハツ)」という毛生え薬だそうで、邱永漢が製造販売した毛生え薬である。当時、邱永漢は直木賞作家だけではなく、相場の神様としても有名な人で、邱永漢が、N株が上がると言えば、瞬くまに上がり、T株が上がると言えば、瞬くまに上がるというぐあいで、マスコミの人気者であった。有名人であった。一部の人が、邱永漢の信者になっていたのである。邱永漢は邱永漢教の教祖だったのである。

多分、先生は、店出入りの理容器具商の主催する講習会に出席し、邱永漢の信者になったのであろう。

先生が「救髪」を付け始めてから二週間ぐらい経ったある日の事である。店の暇な時に先生が突然「生えた」と言ったのである。皆は飛んで行った。私は皆の後ろの方から肩越しに見たせいか、よく見えなかった。しばらくの間沈黙が続いていた。その理由が私には分からなかった。

重苦しい雰囲気の中、突然、先生の一の子分である副主任が興奮しながら言った。「これは毛髪ではない。カビだ」その直後、御客が来店し、皆一斉に仕事に就いた。

先生はシャンプーをすると、せっかく付けた毛生え薬の成分が取れてしまい、薬効がなくなると思いシャンプーをしなかった。それで頭皮にカビが生えたのである。

先生は日頃、「男の値打ちは頭髪の多い少ないはまったく関係ない。俺はそんな事は少しも気にしていない 。男は中身で勝負だ」という態度で、威厳を持って皆に接していたのだが、どうも本当のところは違うらしい。

後日、奥さんの話だと、先生は毎日シャンプー後、「救髪」とそれまで付けていた、「加美乃素」という毛生え薬を交互に付けているそうだ。突然、奥さんが私に聞いた。

奥さん「ところで、毛生え薬って、頭皮以外にも効くの?」

私「えっ・・・・・・?」

奥さん「あの、実は私・・あの、・・・の毛が生えてないの」

私「えっーーーーー」

この頃の若い男性の殆どは肩より長いロングヘヤーで、とにかく伸ばせるだけ伸ばしていた。若い女性は・・・が見えるほどのミニスカートだった。PTAのおばさんは「ミニスカートは教育上良くない」と言って非難していたが、男の殆どは「もてない婆々ーの嫉妬僻みだ」と言っていた。50代の女性がミニスカートで町を闊歩するようになるまでに時間はかからなかった。経済も右肩上がりが続いた。この時代は働けば働くほど暮らしが楽になり、日本中に活気が満ち溢れた幸せな時代だった。