調髪が終わったら雨が降っていた。傘を差し、お送りした。途中、御客は私に「先ほど調髪した担当者は技術が下手である」と私に同意を求めた。私も他の技術者に比べて明らかに下手だと思ったが、御客にどう言っていいかわからなかったので考えていた。しばらくして御客は「先輩の悪口を言わないあなたはいい人である」と言い、実に親切でやさしい顔をした。
この人は年の頃24歳位で、背の高い肉付きのよい大きな体である。近くにあるキャバレーの店員である。「これから神戸まで社長を迎えに行く」と言った。私を「この車で店(理容店)まで送っていくと言われた」断わったが「どうしても乗っていけ」と言う。大きな外車でスイッチを押すと椅子が自動で動くのである。驚いた。ノークラッチ(当時はまだオートマという言葉はなかった)の車である。日本車では未だ無かったと思う。この人はおそらく神戸に本拠を置く何々組みの幹部候補生だろうと思うが、世間、特に・・・団とマスコミが表現するイメージとは全く違うと感じた。
ここの社長も御客だった。寡黙な人で殆ど話をしなかった。明くる年だったか、社長の顔が新聞に出ていた。キャバレーの社員旅行で伊豆の旅館に行って、そこで乱闘事件をおこし逮捕されたという記事である。社長が調髪に来店した時、先生が「やられましたね」と言っても「う・・」と、言っただけでこの日も何も話さずに帰った。
翌年、先生は居宅兼店舗を建て直し、2階をこの社長に貸そうという話になった。社長が下見で窓から外を見て、ボソッと「下の道路に駐車している車は全部どかす」と言った。先生はこの話を聞いて「恐怖を感じた」らしい。明くる日、「断りに行く」と奥さんに言っていた。「これが今生の別れになるかもしれない」とか何とか言っていた。
暫くして、先生は無事に帰り、奥さんはほっと安堵の顔をした。次の日、夫婦は最近にないすっきりとした顔をしていた。
これは日本がGNP西側世界第二位になった年の話である。