17世紀、満州民族が漢民族を制圧して清を建国し、自分たちのヘアースタイルである辮髪(べんぱつ、後頭部以外の毛髪は全部剃り落とし、後頭部の毛髪の首辺りから下は編むヘアースタイル)を漢民族に強要した。従わなければ首を切り落とすという厳しいものであった。暫くして清の統治下の民族は辮髪になった。![]()
日本では皆様ご存知のように、戦国時代頃から前頭部、頭頂部の毛髪を剃っていた。此れは明治時代に発布された断髪令まで続いた。
これから分かる事は、当時の東アジアでは、毛髪を全部生やした民族よりも前頭部、天頂部の毛髪を剃り落とした民族が強かったという事である。
最近の安全剃刀、電気剃刀は毛髪も楽々と剃れるが、少し前の物はとてもじゃないが痛くて剃れなかった。
ましてや、安全剃刀、電気剃刀の無い遠い昔の時代、人々が毛髪を剃るということは大変だったのである。
私は理容師だから分かるが、剃刀に使用に耐える刃(使用して痛くなく、皮膚を傷めず、なおかつ綺麗に剃れる刃)を付けるには
- 良い刃物
- 良い砥石
- 上手く研ぐ技術
この三つが一つでも欠けたら良い刃は付かない。剃ると皮膚が痛いような剃刀では、とても毛髪は剃れないのだ。
この三つの条件を、遠い昔に人々の全員が満たすことが出来たか?出来ない。何故なら、剃刀を上手く研ぐ事は大変難しいことだからだ。
したがって、前頭部、天頂部の毛髪を剃る事によって出来上がるヘアースタイルを、人々が常時維持する事は出来なかったことは間違いない。
そこから考えると、当時、禿、薄毛の人々は毎日の手入れが楽で、周りの人々から羨ましがられていた事は間違いない。