昔は今とは違い、正月を迎える前には調髪をするという習慣がありました。そのため、どこの理容店でも12月も25日頃から混んできて、最後の29日、30日、は朝から満員で夜の11頃まで連続で仕事をしていました。特に大晦日は明くる日の3時頃まで仕事をしました。
私が入店して2年目の大晦日のことです。御客の来店も途切れ、閉店して店の大掃除をしていました。実際には元日の午前3時頃です。そこへ突然常連の御客が来たのです。副主任の御客です。先生が御客に聞こえるように大きな声で私に「もうタオルは全部洗濯しただろう?」と聞きました。これは、そういって御客に断る口実をつくろうとしたのです。ところが、私はうっかり馬鹿正直に「タオルは未だ洗濯していません」と言ってしまったのです。これで先生は断ることが出来なくなり、皆いやな顔をしました。副主任も嫌な顔をしていました。しかし、いったんやると決まったら、御客にはまったく嫌なそぶりをみせず、にこにこと気分よく仕事をしました。
終わってからお客は「遅く来て申し訳ない」と、いって、料金以外に副主任に3000円、その他店の10人の店員全員に1000円ずつ配りました。当時、公務員上級者の初任給が25,200円の頃ですので、この1000円は今の1000円と違い大金です。皆、喜びました。このことで私は救われたのです。でなかったら皆に袋叩きにあっていたでしょう。
掃除が終わってから、皆で初詣に熱田神宮へ行き、その後解散しました。休みは2日間です。3日から仕事です。私は当時気がつかなかったのですが、今振り返ると、私には帰る家があったが、中には施設で育って帰る家の無い人がいました。その人は2日間どこでどうして過ごしたのでしょうか。分かりません。その人はまもなく店を辞めました。お正月には楽しい人もそうでない人もいるということを、この年になってつくづくと考えます。