第15話 主任の努力と時代の変化

私の修行先の店は、フアンを多く持てば持つほど給料が上がるシステムになっていました。主任は先生と同じくらいフアンを持っていました。先生は3代目であるが主任は途中から入店した人である。フアンの数が先生と同じということは相当努力したにちがいない。

こんなことがありました。主任が御客の調髪をやりだした頃、先生が私の傍へ来て小さな声でニヤリニヤリと笑いながら、「主任はもうすぐ巨人フアンになる」と言ったのである。助手をしながら聞いていると、どう考えても野球が好きでない主任が、完全に巨人ファンになって昨日の試合の話を御客と楽しそうにしているのである。

また、こんなこともありました。主任が何時も仲良く話していた御客が「転勤でもう来ることが出来なくなる。長い間お世話になった。有難う。」と主任に話していました。主任も心から「お体お大事に」と、言っていました。そして御客をお送りして暫くしたら主任が私にホットした顔で「アーやれやれ、これでようやくあの嫌な客に会わなくてすむ」と、言ったのです。

この店は名古屋の繁華街にあり、御客は証券会社が35パーセント、デパートが30パーセント、風俗飲食業が25パーセント、その他が総会屋、高利貸、砂利採取業を営む右翼、歯医者、昔からの先生の馴染み。近所の人は殆どいない。主任はそんな中で多くのフアンをつくったのである。当時私は若かったのでこのことをあまり深く考えなかったが、今思うと主任の努力は相当なものだったことは間違いない。

昔の下町は今と違い水道がないので一つの井戸を共同で使っていた。おおよそ5~7軒に一つの割合で井戸を使用していた。私の家の近くでは玄関は別々だが裏側には塀がなく自由に往来して6件の家で一つの井戸を使っていた。何をするにも水がいる。近所の人は毎日この井戸で顔を合わせる。したがって自然に井戸端会議が始まる。風呂も近くの銭湯へ行く。食料品の融通、衣服の融通・リサイクル、子持ちの未亡人には男性の自主的な融通・・・冗談、庶民のお金の融通組織としての頼母子講、その他色々、交通手段は殆ど歩きである。したがって物理的に狭い範囲での生活であるから、自然に触れ合いがあったのである。そしてお互いの幸せの為にも自然に我欲を抑えていた。そんな時代背景の中で理容店は地域の社交場であった。これは地方によって違うが、概ね昭和初期まで続いたと思われる。調髪をしてもしなくとも人々はその店へ行き、将棋や碁で気ままに遊んだのである。当然、理容店もその周りに自然に出来上がっている連帯感の中で、自然に営業をしていたと思われる。店の中の雰囲気は、自然に「わいわいがやがや」だったのだ。その後水道が普及し、それにつれて井戸端会議はなくなり、家風呂の普及で銭湯はなくなり、当然地域の人々の触れ合いは激減した。世の中が変わったのである。当然人の意識も変わる。

会社を退職してからそれまでの人間関係が3年間続く人が何人あるだろうか?、長い間住んでいた町内から都合で引っ越した後、尚且つ続く人間関係が何人あるだろうか?地縁団体とはよく言ったもので、それまでは物理的な近さやその他いろいろの要因で人々が自然に繋がっていたのだ。

しかし、今は殆ど一人に1台の車があるという時代だ。殆どの行動は車を使用して行われる。それまでの物理的な近さが人々を自然に繋げていたというものがなくなった。今でも地域の連帯感はあるが、昔のような連帯感はなくなった。祖父の代から住んでいて親同士が同級生でも、最近は家族葬が多い。結婚式の餅投げ、近所への挨拶などはとっくの昔になくなった。

車があるという事で人々の行動半径は今までと比べるととんでもなく広くなった。したがって自分の気にいる理容店へ距離や時間の制約なしに行くことが出来るのである。その結果、人間関係を気にしなくともその日その日の気分で自由に満足出来ると思う理容店へ今日は此方の店、今度はあちらの店、次は何処何処と好きなように気ままに行動できる。今の人は深い人間関係をつくらないで、何処までも「きらくな」人間関係が好きなようだ。またそれでも生活出来る。したがって、従来の「わいわいがやがや」の雰囲気はお客に嫌がられる時代になったのである。

私が修行に入った店は、この「わいわいがやがや」から「きらくな」を求める時代の境目だったような気がする。当時は麻雀が少し下火になった頃で、野球、野球、野球という時代であった。皆が全員野球が好きであったとは思われないが、兎に角野球の話しをしないと人とコミニュケーションが出来ない時代だった。転勤で名古屋に来た人は、その間中、中日ドラゴンズのファンになっている人もいた。所謂隠れ巨人の人もいた。そんな中で多くのフアンをつけた主任は相当な努力をしたと思う。

今はサッカーその他色々なスポーツがあり、特別野球を好きではない人でも、そんな事はまったく関係なく「あなたはあなた」と、周りから認められる時代になった。当時とは逆になったのである。昔は「俺の酒は飲めないのか」と、怒る人がいたが、今は全くそんなことはない。時代が変わったのだ。