万延元年(1860)5月、総勢77名からなる日本の遣米使節団が日米修好通商条約批准書交換の為ワシントンを訪れた。5月17日にブキャナン大統領に謁見・批准書を渡した。5月22日批准書は交換され、最大の任務は完了した。
実は、この使節団には隠れた目的があった。その一つは、通貨交換比率の交渉である。これは日米間の史上最初の為替レート交渉である。
この交渉でアメリカ人達は、日本使節が高貴で、頭脳明晰であり、高い知性を持っている事を知り、大いに感動したという。それまでは、奇妙な髪型と服装の変な人達という印象をもっていたのであるが、実際に接してみたら、とんでもない誤解で、実に立派な人達であることが分かったのである。
禿なんか気にする必要はない。中身で勝負だ。