当時店には父の弟子が4人いた。皆ベテランで何時独立しても可笑しくない人達であった。私はこの人達が店を辞める前に一人前にならなくてはならなかった。
当時理容業界には多くの研究団体があった。A団体は毎月第1第3火曜日の午前中、D団体は毎月第2第4火曜日の午後という具合にいろいろと在った。私はA団体・毎月第1第3火曜日の午前中、B団体・毎月第1第3火曜日の午後、C団体・毎月第2第4火曜日の午前中、D団体・毎月第2第4火曜日の午後という具合に休日を全部技術の習得に充てた(当時、休日は毎週火曜日だけだった)。普通カットとセットとアイロンを習得するには早くても3年はかかるのだが私は半年で何とか出来るようになった。
A従業員は、自分の修行先の店が潰れてはいけないので、私が一人前になるまで店にいると言っていた。ありがたかった。しかしこの人は私がもう少しというところで些細な事で父と喧嘩して店を辞めた。
同業者の中にはチャンスとばかりに私の店の内部分裂を謀る者もいた。一見味方に見える人が危ないのである。私は技術の研究以外に私の周りを取り囲む人間関係に気を使った。何時店を壊されるかわからないからである。
当時は薄い氷の張った池の上を歩くような不安感を絶えず持っていた。今と違い痩せていた。