修行先の店を懐かしく思い、訪ねたが店がないのである。記憶違いかと周りを回ってみたが、昔見た建物、キャバレー、クラブ、バー、ほんの一時期流行した小さな絨毯バーが入っていたビル、スナック、毎夜リポビタンDを買いに行かせられた薬局、小料理屋や小さな飲食店が寄り集まっていた路地で囲まれた一郭、牛丼屋、店頭の黒板に、今現在流しているクラシックの曲名を掲示していた音楽喫茶、通常380円のコーヒーがクリスマスイブには突然2000円になる喫茶店、目の前で焼きソバにのせる生卵を割り、四つめでようやく腐ってないらしい卵が出、それに多めに火を通し、気にもしないで出す小母さんの店、仮病の時にパンと牛乳を買いに行った八百屋兼パン屋兼乾物屋、寿司屋、文房具店、銭湯、全て無いのだ。代わりにパチンコ屋、大きな商業ビル、昼間から客の呼び込みをしている店があった。ただ一つだけ「昔あったビル」だろうと思うものが在ったが定かではない。
この事を、後日先輩と話していたら、先輩は、前述の「昔あったビル」が店のあったビルだと言う。そして先生達は、今、何処で如何しているか分からないと言う。私は先輩の言う「昔あったビル」は道路からの距離、位置から考えると違うと思った。
再度店を探しに行った。近くで、客の呼び込みをしていた人が「私は昭和何年から此処を知っている。昔は今とは違い此処の前は塀だった」と言った。しかし、私の居た頃はもう少し昔だ。その人の話す昔の風景は、もう既に私の居た頃とは違うのである。当時は、ある証券会社があった。後日その会社を調べたら、とっくの昔に会社そのものが無くなっていた。
家へ帰ってから、パソコンで法務局のデータを調べて分かった。今日歩いた所だった。駐車場になっている所だった。店は跡形も無い。その夜は久しぶりに深酒をした。